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UNDER CONSTRUCTION
| label | STAY GOLD |
|---|---|
| caralog | ARTSG-013 |
| price | ¥2,625 |
| release | 2006/05/31 |
セカンド・アルバム『DESOLATION』 は、前作『NIGHTFLIGHT TO PARADISE』でファンを魅了した北欧メロデアス・ハードの伝統美を失うことなく、よりハードに、よりアグレッシヴなスタイルになったと同時に楽曲のヴァリエーションも豊かになり全てにおいて格段の進歩を遂げた!
| label | STAY GOLD |
|---|---|
| caralog | ARTSG-001 |
| price | ¥2,625 |
| release | 2004/08/04 |
1993年にギタリストのヤコ・ニッテマが、ヴォーカルのペッカ・ラウティアイネンとギタリストのカリ・リヒメキに出会ったことをきっかけにHOUSE OF MIRRORSは活動を開始した。ペッカとカリは、それ以前はWARDANCEというバンドに在籍していた。1995年に元BEATのベーシスト、ヤンネ・エングブロムと元IRON CROSSのドラマー、ジンボ・メケレネンを迎えて最初の本格的なデモを制作する。このデモはフィンランド国内のラジオでも流されるが、ヤンネとジンボが脱退してしまい、HOUSE OF MIRRORSの活動は停止してしまった。このあとに、ヴォーカリストのペッカはユリウスという名前で大手「EMI」と契約~アルバムがヒットする。彼はフィンランドのスタジアムでティナ・ターナーの前座ながらも大聴衆の前で歌う。この頃、ヤコはギター講師として小さな音楽学校で教える傍ら、HOUSE OF MIRRORSの復活のときの為に曲を書き溜めていた。2000年になると、HOUSE OF MIRRORSが再始動する。ニュー・ベーシストにはハリ・ホロパイネン、ニュー・ドラマーにラスムス・プラネンを迎えデモを制作した後、2003年にHOUSE OF MIRRORSは3曲入り自主制作シングルを発表する。しかし、ベーシストのハリが事故に遭ってしまい演奏することが不可能となってしまった為、後任にユハ・パナネンを迎える。またドラマーのラスムスがバンド以外の仕事が多忙となり脱退してしまった。HOUSE OF MIRRORSはバンド結成時に在籍していたジンボ・メケレネンを再び迎えると同時にバンド・サウンドに厚みを持たせるためにキーボード奏者としてヨンネ・ヴォルトネンを迎えた。そして、透明感を伴ったメロディアスな・ロックを凝縮したこのデビュー・アルバム、『NIGHTFLIGHT TO PARADISE 』は2004年に発売された。